11月12日、岐阜県不破郡関ケ原町の『関ケ原古戦場2017』を舞台に「2017年度日本学生オリエンテーリング選手権大会 ロング・ディスタンス競技部門」が開催され、男子選手権は松尾怜治(東京大学4年)が制した。また、女子選手権は勝山佳恵(茨城大学3年)が制し、ロング二連覇を達成した。
会場はまさかの決戦始まりの地
既報(#49_2017年度秋インカレ、開催迫る!)の通り、テレインは2002 年に京都大学・ 京都女子大学オリエンテーリングクラブ作成の『決戦!関ヶ原』の拡大リメイクである。
かつて戦国末期に天下分け目の大戦があった関ケ原には、今も各地に名だたる武将の陣跡が点在し、学生や併設大会参加者は、それら陣跡を横目に見ながら会場に向けて進んでいく。いざ会場に近づいてみれば、そこには「開戦地」とかかれた大きな旗が。なんと、今年のインカレロング会場は関ケ原の戦いの開戦地だったのである。この場所で、学生オリエンテーリング界の決戦が幕を開ける。
関ケ原の戦い 開戦地
まずは一般の部からスタート
大会は、9:30に一般の部トップスタート、次いで11:30に選手権の部トップスタートのスケジュールとなっており、昼前は一般の部が主戦場となった。午前中の早いうちは会場から学生が不在となったが、徐々に序盤スタートの学生たちが会場に戻ってきた。今年のコースは一般の部でもなかなか難しかったらしく、特にFクラス(新入生のコース)でもいくつか難易度の高い勝負レッグが見られたようである。インカレロングのFクラスはあまりにも道走りが多いことも多く、その場合は俗に「マラソン大会」と称されることもあるが、今年はそうはならなかったようだ。
MUF2の2→3
MULクラスにあっても遜色ないレッグ。これをまともにこなせた新入生は自信を持っていいだろう
選手権の長いレースはオープン地帯から始まる
選手権の部トップスタートの11:30が迫り、会場ではLEDビジョンによりスタート地区の様子が映し出された。男子、女子選手権共に、最初の△→1のレッグはいきなりオープンが待ち受けており、森の中からいきなり視界が開けるというロマンあふれるレッグとなっている。しかし、ただのロマンレッグではない。視界が開ける様に浮足立ってしまいそうだが、一方で、そういった状況下でも慌てたりせず、冷静にルートプランを立てて実行する力が求められてもいる。
男子選手権 △→1(松尾のルート図より抜粋)
会場では、コースプランナーの細川知希によるコース解説が行われた。ルートの解説とともにその場所を実際に試走した際のランナーの映像が公開され、実際に選手が目にするであろう光景を一足先に体験することができた。主要なレッグは観戦ガイドにも解説が掲載されており、特にロングレッグに対する解説は読みごたえのあるものであった。また、全選手ではないが、GPSを付けた選手のGPSトラッキングも行っており、会場のLEDビジョンや各自の通信端末で選手の位置を見られるようになっていた。
今回のインカレ、演出において新たな試みが非常に多く、今後の大会(インカレに限った話ではなく)でも大いに参考にされると思われる。
会場のLEDビジョンを用いて行われたコース解説
男子選手権 7→8 ロングレッグの解説(観戦ガイドより)
・最大の勝負レッグのポイントを余すところなく解説している
・所々、細川のセンスが光る言い回しも面白く、読みごたえを増している
・最下部のルート「陸上部出身推奨コース」は、細川はそれほど多くの選手は通過しないと考えていたようだが、予想に反して通過した選手は多かった模様
女子選手権、勝山二連覇!
レースの展開について、まずは女子選手権から追っていきたい。女子選手権は、宮本和奏(筑波大学1年)がいきなり62:07でフィニッシュ…優勝設定の65分を切る走りを見せ、会場を驚かせた。だが、すぐに臼井沙耶香(東北大学3年)が61:24のタイムで宮本の記録を塗り替える。臼井はレース中に大ミスしたと考えており、フィニッシュ時はかなり悔しそうな表情であったが、会場で見ている側としては序盤からのいきなりの好記録に驚くほかなかった。だが、同時に「これはもしかしたら60分を切るタイムも出てくるかもしれない」という予感も持った。宮本、臼井の記録を塗り替える選手が現れない中、レース日程も終盤へ。ついに臼井の記録を上回る選手が現れる。勝山佳恵と、その2分後スタートの増澤すず(筑波大学2年)である。中間通過記録も塗り替えた2人は揃って60分切りの記録を達成。勝山がさらに抜け出し、56:22の記録で昨年に引き続きロング二連覇を達成した。
レース後の勝山にインタビューを行った。
―どのようなレースでしたか?
勝山:事前に地図読みしていて登りの多さにびくびくしていたが、実際走ってみると、登りを避けられるルートが多くて楽しく走れた。特定のレッグをミスしたとかは無かったが、序盤でリズムに乗るのが遅く、ゆっくり地図をみて丁寧に行った。
―序盤は以降に比べると地形も平坦であり、ここをゆっくり丁寧に入ってミスしないように進むのはありですね。今回のインカレに対し、どのような対策を行ってきましたか?
勝山:もともと等高線を読んで高さを意識する必要のあるレッグが苦手だったが、このテレインではそれが要求されると思ったので、そのあたりを特化した地図読みをしてきた。
―優勝しての感想をどうぞ。
勝山:安心って気持ちが一番大きく、ほっとした。今までで一番、登りとかの不安要素が多かったが、勝ててよかった。気負わないように注意したが、昨年優勝していたこともあって、プレッシャーはあったと思う。
―今後に向けて一言お願いします。
勝山:今後は誰にも負けないような選手になりたい。今回のインカレを通して、さらにモチベーションが上がった。
―ありがとうございました。改めて、優勝おめでとうございます!
また、準優勝となった増澤は「スプリント、ロングと両日準優勝できるとは思っていなくて嬉しい。…が、欲が出てしまうもので、後々振り返ってみると優勝したかったな、と悔しさもある」と話してくれた。今後、この経験を糧に、頂点を目指して挑んでくることだろう。
3位の臼井は、大会前日まで体調が芳しくなく、入賞を目標に準備してきたが、自信を無くしてしまった中での出走となったという。レース中も、ロングレッグで直登ルートを選んで心が折れそうになったが「実力あるのに選手権に出場できない同期や後輩の分まで頑張ろうと思った」と、最後まで走り切ったということであった。
4位は宮本が入り、新人特別表彰と合わせての受賞となった。5位には長崎早也香(名古屋大学4年)、6位には出田涼子(大阪大学2年)が入賞した。
フィニッシュ後、運営者からインタビューを受ける勝山
女子選手権 勝山のウィナーズルート
男子選手権、選手が想定以上の実力を発揮!
男子選手権は、電波の不調なのか、第1中間からの選手通過情報が会場に全く届かないという事態が発生した。これにより、GPSをつけていない選手は第2中間になるまで動向が全く不明となった。そのなかで、まず宮本樹(東京大学3年)が優勝設定75分に迫る、75:23の記録でフィニッシュした。続いて、瀬川出(東京大学4年)が76:34で帰還。これらの記録を、しばらく他の選手は抜くことができなかった。しかし、中盤の時間帯になって、種市雅也(東京大学2年)と、その2分後スタートであり最初のシード選手でもある佐藤俊太郎(東北大学4年)が相次いで第2中間を通過したという知らせが入る。2人とも宮本の第2中間通過タイムを上回る勢いであった。会場周りのビジュアルにまず種市が姿を現し、そのすぐ後ろには佐藤の姿が。もしかしたら、競り合いでスピードも増していたのかもしれない。そのまま最後のループを抜けてフィニッシュし、種市は73:27、佐藤は71:29と、ついにこれまでの記録を更新した。
なお、筆者はフィニッシュコントロール横で写真撮影をしていたのだが、筆者の横では、日本トップレベルの選手である、結城克哉、尾崎弘和の両名が観戦していた。彼らは男子選手権のコースを前走しており、それぞれ74分、73分のタイムだったのだが、佐藤が71分台のタイムをたたき出したのを見て「はえー」「負けてしまった…」「(自分らの走りに対して)おれら切腹ものじゃね?」「前走というより前座になってしまった」「これがインカレパワーか…」などと口々につぶやいていた。「インカレパワー」とはなかなか曖昧そうな言葉ではあるが、多くの実を含んでいる。学生最高峰の舞台で仲間の応援を一身に受けて走る、という精神的な部分はもちろんのこと、選手たちはインカレでベストコンディションを迎えられるように調整もこなしている。レース中に前を走る選手を視界に捉えようものなら、追い抜こうとしてスピードも増すことだろう。予想コースを組んでの地図読みも何度もこなし、テレインに関して入手している事前情報の多さは他の大会の比ではない。まさに、学生たちはこの決戦に懸けているのだ。そのパワーは、日本トップレベルの選手の普段の実力程度なら上回ってしまうのである。
一方この頃、第2中間ではさらなる記録更新が行われていた。佐藤の通過記録を、松尾怜治がさらに2分弱切ってきたのである。そのまま、会場周りのビジュアルにも最速タイムで入った松尾は、69:49でフィニッシュ…70分を切る走りに会場では大きなどよめきが起こった。この記録はさすがに更新されず、松尾の優勝が決まった。
レース後の松尾にインタビューを行った。
―どのようなレースでしたか?
松尾:予想コースをたくさん読んで、あらゆる想定をして臨んできたが、ふたを開けてみると序盤は基本的な手続きが重要なコースとなっており、そこでリズムに乗れた。ただ、スタート直後いきなりオープンが出現したことには少し動揺した。2→3の間でも2、3人くらいの選手を抜いたので、序盤を難しく感じる選手が多いのかなと思った。
―予想コースはどれくらい組んだのでしょうか?
松尾:自分が組んだだけでもレパートリーは18くらい。他の人が組んだものも読んでいるので、読んだパターンならさらに多くなると思う。
―レースは終始うまくいったのでしょうか?
松尾:ビジュアル後の21→22で、大声援を受けた後に待ち受ける平らな地形ということで緩急つけられたが、ちょっと焦ってアタックのときに反対に進んでしまった。奥に傾斜変換が見えてきて、違和感にきづいた。
―本大会の対策としては、地図読み以外にはどのような準備をしてきましたか?
松尾:体力的には十分ではなかったかもしれないが、日常的に長く走るトレーニングはしていた。(秋インカレには)スプリントもあるので、スピードトレーニングもしつつ、長距離も、というところだった。
―優勝しての感想をどうぞ。
松尾:率直に嬉しい。例年、先輩がすごい走りをしていたが、最近ロングでは優勝できていなかった。そこで勝つことができて、今でも信じられないという思いはある。
―今後に向けて一言お願いします。
松尾:東大としていい結果が出たが、これに満足することなく、またライバルも多い状況なので切磋琢磨し、春インカレでもまた笑えるように頑張りたい。
―ありがとうございました。改めて、優勝おめでとうございます!
準優勝となった佐藤俊太郎は「最後のロングだったが、東北大は秋インカレで4年生が活躍する流れがあったので、自分もそれに続けて嬉しい。特に、1年生にとっては最初のインカレなので、そういう点でもかっこいいところが見せられてよかった」と話してくれた。
3位には稲森剛(横浜国立大学3年)が入賞した。稲森は昨年までロング二連覇をしており、今年も優勝狙いではあったという。しかし、7→8のロングレッグで直登ルートを選んでしまい、そのレッグでのタイムは最速だったものの、登りも下りも疲れてしまい、その後のレースに影響してしまったという。「先のことを考えてルートを選んでいれば…」と悔やんでいた。
4位は種市、5位には宮本が入賞。入賞最終枠の6位には、最終盤に粂潤哉(東京大学4年)が滑り込んだ。
フィニッシュ後、運営者からインタビューを受ける松尾
男子選手権 松尾のウィナーズルート
かくして、2017年度秋インカレは終戦となった。
今年も学生たちは熱い走りを見せてくれた。
本大会では、男子選手権上位17名のうち10名が東大ということで、東大の高い実力がうかがえる結果となった。春インカレでも東大の勢いは強いことが予想されるが、春も東大勢の大活躍が見られるのか、また、他大学の選手がどう立ち向かっていくのかにも注目したい。
秋インカレでの各校獲得メダル数
※()内はロングでの獲得枚数。合計1枚については省略
13枚…東京大学(+9)
12枚…東北大学(+11)
6枚…筑波大学(+3)、名古屋大学(+4)
2枚…新潟大学(+1)、茨城大学(+1)、横浜国立大学(+1)、京都大学(+2)
1枚…横浜市立大学 、京都女子大学、金沢大学、慶應義塾大学、千葉大学、日本女子大学、跡見女子大学、立教大学、法政大学、椙山女学園大学、大阪大学
春インカレ後に表彰される「山川杯」では、秋春インカレのメダル数の合計数で1位となった学校が表彰される。
▼インカレスプリント・ロング2017
http://orienteering.com/~icsl2017/index.html
▼成績速報(Lap Center)
https://mulka2.com/lapcenter/index.jsp?event=4258
▼IC2017_Long - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=28tTs7Uag0c
謝辞:本記事の一部の写真入手については、結城克哉さま、稲田優幸さまにご協力いただきました。
[Writer:yi+]