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#156_白熱したスキー場、歴史に残る名勝負を小牧・稲毛が制する – 第47回全日本ロング

11月22日(日)、長野県諏訪郡富士見町 『編笠山2020』を舞台として第47回全日本ロングオリエンテーリング大会が開催され、男子選手権(M21E)は小牧弘季筑波大学)、女子選手権(W21E)は稲毛日菜子(京葉OLクラブ)が制した。また男子ジュニア選手権(M20E)は森清星也(岐阜OLC)、女子ジュニア選手権(W20E)は近藤花保(名大OLC)が制した。

 

更新:11/24 23時 M21E前半のコース図を記事末尾にて紹介しています

 

前日に行われた全日本ミドルの記事はこちら↓

okinfo.hatenablog.com

 

今回決戦の舞台となった編笠山は5年前にインカレロングの舞台となった富士見の森の北東部に位置するテレインである。片斜面が特徴的な八ヶ岳テレインの中でも、スキー場のさらに上方に位置したこのテレインは急峻な箇所が多く、プログラムのコースプロフィールは、M21E 距離11.4km 登高630m、W21E 距離8.2 km 登高450mとタフなレース展開となることが予想された。スタート地区への移動にはミドル・ロング両日ともスキー場のリフトが利用された。
今回、選手権クラスのビジュアルコントロールでは、なんとこのスキー場をリフトの終点まで駆け上がらねばならず、終盤まで気力・体力・精神力の全てが要求された。まさにKing of orienteeringを決めるのに相応しいコースと言える。

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リフトに乗りスタート地区へ向かう競技者

 

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会場から観たゲレンデ(傾斜変換の上がスタート地区)

 

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コース中の誘導でゲレンデを登る選手権クラスの選手たち

まずW20Eクラスは2位以下に8分19秒差という圧倒的なタイムを見せて近藤花保(名大OLC)が制した。近藤選手は前日のミドルW20Eでも2位以下に大差をつけて優勝相当のタイムを出している。△→1のロングレッグから2位以下に2分以上の差をつけ、一度もトップを譲らないまま優勝した。2位以下は今井里奈椙山女学園大学)、栗山ももこ横浜市立大学)、古田島鈴音(長岡OLC)、坂巻朱里(ときわ走林会)、吉田菜々子(みちの会)と続く。今井選手、坂巻選手、古田島選手、吉田選手の4名はミドルから両日連続の入賞相当のタイムを出しており、高い難易度とタフさが求められるコースを2日間見事に走り切った。

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女子ジュニア選手権(W20E)表彰式

 

続いて、M20Eクラスは2位と1分6秒という僅差の争いを制して森清星也(岐阜OLC)が優勝した。10月に開催されたインカレロングでは本レース2位の二俣真選手及び3位の平岡丈選手(2名ともKUOLC)という同大学の2年生コンビが力強い走りで入賞し、全国のオリエンテーリングファンに衝撃を与えたのは記憶に新しい(インカレロングでは二俣選手は5位入賞、平岡選手は3位入賞)。
序盤は二俣選手がフィジカルの強さを見せつけ、3番コントロールまでを14,04で通過し、その時点で2位の森清選手に約1分半の差をつける。しかし3→4のロングレッグで約5分のミスタイムを出してしまい、森清選手に逆転を許す。3位の平岡選手は11番コントロールまで森清選手と1分差以内の好走を見せたものの、11→12で約2分半のミスがあり、4番コントロール以降逆転を許さなかった森清選手が1,19,53というタイムで優勝した。
森清選手のミス率は5.5%であった。比較的コントロール位置が容易なロングディスタンス種目であっても、今回のようなタフさが求められるコースかつ80分という競技時間の中で、ミス率5%台で走るのは容易なことではなく、素晴らしい集中力である。対照的に2位の二俣選手は巡航92.5を叩きだしており、ラスポゴール含む20レッグ中12個のレッグで1位を獲得する驚異的なスピードを見せつけた。4位以下は寺嶋謙一郎(ES関東C)、祖父江有祐筑波大学)、永山遼真筑波大学)と続く。筑波大学に所属する祖父江、永山両選手は前日のミドルでも入賞しており、またロングディスタンス競技では惜しくも9位となった平岩伊武季筑波大学)も終盤まで入賞戦線におり、ミドルでは3位に入賞している。鮮烈なデビューを果たした京都大学の次世代スター2人に、筑波大学の同学年3人がどれだけ対抗していくのか、ハイレベルな争いを繰り広げるこの世代に今後も注目していきたい。

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男子ジュニア選手権(M20E)表彰式

全日本選手権者を決めるM21E、W21Eクラスでは、速報から片時も目を離せないような、手に汗握る熱いレースが展開された。

まずW21Eクラスでその主役となったのは稲毛日菜子(京葉OLクラブ)、皆川美紀子(みちの会)の両選手である。この両選手は前週のWMG/WMOC関西プレミドル大会でも、3位以下に10分以上の差をつけて13秒差のハイレベルな競り合いを繰り広げている。出走前からすでに周囲の注目を集める、手に汗握る展開が予想された。

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前週のハチ高原ミドル大会で壮絶な競り合いを演じた稲毛選手と皆川選手のラップ

はじめに会場を驚かせたのは稲毛選手である。ビジュアルコントロールは前述したようにスキー場をコンタ15本近く駆け上がる、地図を見ただけで心が折れそうなレッグである。しかし数々のスカイランニング大会でも結果を残している稲毛選手はこのビジュアル区間を走って登り抜き、会場は驚きに包まれた。しかし、皆川選手の第3中間速報が会場に入り、会場にさらに大きな衝撃が走った。第3中間 1,12,50というタイムは稲毛選手の1,13,47より、さらに1分近く速かったからだ。
「どちらが勝つのだろうか」会場は緊張感と期待に包まれる。
先にゴールしたのは稲毛選手、1,28,38はその時点のトップタイムを15分以上更新する圧倒的な走りであった。しかし、皆川選手の猛追を知った稲毛選手はゴール後も緊張した様子でゴールレーンを伺っていた。そして第4中間、皆川選手は稲毛選手から遅れることわずか20秒、あとは稲毛選手の走力が勝つか、皆川選手の走力が勝つか、会場を張りつめたような緊張感が覆いつくす。しかし、皆川選手は20→21のラスト前コントロールで約4分半のミスをしてしまい、結果的にそこで勝負は決まり、皆川選手のゴールを前にして稲毛選手の優勝が確定する。

選手権のラスポゴールはコンタ10本分の坂を一気に駆け上がるため、多くの選手が今にも倒れそうになりながら必死に走る姿が印象的だった。皆川選手は最後まで坂で手を緩めずに走り抜き、その迫力に筆者は感動を禁じえなかった。後ほどラップを確認したところ、奇しくも巡航速度は2人とも同じ95.8。両者一歩も譲らない接戦だったことがデータからも窺える。稲毛選手も過去最高レベルの厳しさだったと語るこのレースに見事な名勝負を繰り広げた両選手。この記事を通して改めて尊敬の念を表したい。

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稲毛選手気迫の走り ※日本オリエンテーリング協会Twitterより引用

3位以下は伊部琴美(名大OLC)、阿部悠(さつまいも)、宮本和奏(京葉OLクラブ)、増澤すず(桐嶺会)と続く。学生選手である伊部選手、阿部選手、宮本選手の3名は先日のインカレロングでも熱い戦いを繰り広げており、今後スプリント、ミドル、リレーと続くインカレ戦線にも注目である。6位の増澤選手は筑波大学の出身であり、ここでも筑波大学の勢いを見せつける結果となった。

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女子選手権(W21E)表彰式

 

続いてM21Eクラスでは各大会で異次元の走りを見せる2人の対決に注目が集まった。
小牧弘季筑波大学)、伊藤樹(ES関東C)の両選手である。前日のミドルでも圧倒的な走りで優勝・準優勝を分け合った。小牧選手は先日のインカレロングでウィニングを3分半破った上で2位以下に5分以上の差をつける圧倒的なタイムで優勝している。しかし、そのルートはインカレロングのコースプランナー橘孝祐(ES関東C)の想定から大きく外れたものであり、ミスルートを選択してすらウィニングを超えてしまう小牧選手の走りはまさに異次元の領域だった。また前日のミドルで印象的だったのは決着をつけた7→8の、コンタ27本を駆け上がる登坂レッグだ。このレッグで小牧選手は後続に1分の差をつけてトップに躍り出て、その差をキープして優勝を果たしている。
対する伊藤選手は2019年4月に行われた第45回全日本大会の選手権者である。9月のCC7ではエース区間4走で多くのトップ選手が50分前後に収まる中で、ただ一人47,33という圧倒的なタイムを出してES関東Cを11年振りの優勝に導いた。フランスに単身で乗り込み修行を続けるその姿が多くのオリエンティアの注目を集めており、日本が誇るスター選手の一人である。伊藤選手の活躍はオリエンテーリングマガジンFORSTAの記事で紹介されている。

男子選手権の勝負に話を戻そう。
トップゴールを果たしたのはインカレロングでも4位入賞の活躍をした太田知也(京大OLC/朱雀OLK)である。タイムは1,59,37、インカレ入賞を果たすほどの実力者がウィニング90分に対して2時間近いレースをした事実から、M21Eコースの予想を超えるタフさが窺えた。
中間速報で会場を沸かせ続けたのは大橋陽樹(静岡OLC/GROK)である。序盤の1→2、2→3で立て続けに1位ラップを獲得し、以後14番コントロールまで淡々と首位を走り続ける。ビジュアル以降、減速して最終的に12位となったものの、最後まで入賞者を脅かす見事な走りだった。
多くの選手が最速でも1時間50分前後のタイムを出す中で最初に一つの壁を越えてきたのは前中脩人(練馬OLC)である。そのタイムは1,46,40の7位であった。前中選手は前日のミドルでも惜しくも入賞圏外の7位であったものの、最近になって大きく実力を伸ばしている選手の一人である。素晴らしい走力と闘志を持ち合わせた前中選手の今後に期待が高まる。前中選手のすぐ後に堀田遼(トータス)が1,45,27というタイムでゴールし、ミドルの5位入賞に引き続き、見事4位入賞を果たした。元々リレー巧者として知られ、全日本リレーでは愛知県チームで何度も王座に輝いている堀田選手であるが、この大会は所属する伊豆大島ランニングクラブで走力に磨きをかけて挑んだという。30歳になる前、最後の全日本大会で、悲願の個人戦入賞を手中に納めた。

そうした戦況の中でも圧倒的なタイムを出したのはやはり小牧選手だった。1時間50分が一つの壁と前述したが、小牧選手はビジュアル通過時のタイム差こそ大橋選手と1分半程度だったものの、その後ビジュアル後の難区間でもさらに加速して走り抜き、1,38,25という誰も越えられなかった1時間40分の壁を軽々と越えてみせたのだ。前日ミドルで3位の戸上直哉三河OLC/トータス)のトップタイムを2分更新した時もそうだったが、小牧選手が走るとその圧倒的な力に会場の雰囲気が一変してしまう。

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小牧選手の走り ※日本オリエンテーリング協会Twitterより引用


しかし、もちろんライバルは独走を許さない。伊藤樹選手はビジュアルコントロールを、小牧選手と約20秒差で通過する。オリエンテーリングという競技において20秒は一つの判断ミスで容易に順位が入れ替わってしまうタイムである。先にゴールに見えたのは3位入賞した佐藤遼平入間市OLC)、そしてすぐ後ろに鬼の形相で追いかける伊藤選手。2人は死力を出し尽くして倒れ込んだまましばらく動かず、起き上がると健闘を称え合う握手をした。伊藤選手のタイムは1,39,13で準優勝、ほどなくして小牧選手の優勝が確定した。見事な気迫と勝負を見せてくれた小牧選手と伊藤選手に惜しみない拍手を送りたい。
佐藤遼平選手は1,43,11で3位入賞に輝いた。東京大学在学時から極めて高い走力を誇る好選手だったが、全日本個人戦の入賞にはいつもあと一歩で手が届かなかった。しかし渾身の走りで入賞が確定し、その感極まった表情を見て筆者の私も胸を打たれた。

 

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ゴールする佐藤遼平選手と必死の形相で追う伊藤樹選手

 

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ゴールとともに倒れ込む伊藤樹選手

残る入賞2枠は5位に寺垣内航(京葉OLクラブ)、6位に松下睦生(京都OLC)が滑り込んだ。共に、過去に全日本選手権者となった両選手である。最後の登りは王者としての意地とプライドが全面に出た、気迫の走りであった。4位堀田選手から5位寺垣内選手までの差は8秒、さらに5位寺垣内選手から6位松下選手までの差は16秒となっている。これほど長く過酷な道のりを走り抜けても一瞬の判断で順位が変わってしまう熾烈な世界である。しかし、今大会M21A2クラスに出走した、かつての全日本選手権結城克哉(トータス)は語る。「全日本の選手権ロングは決して走って楽しかったで終われるものではないかもしれない。今回のようなタフなコースであれば壮絶な削り合いだ。それでも自分はあの舞台を目指したい」。こうして他選手までもを巻き込んで胸を熱くさせる舞台であり続けること、全日本大会がオリエンテーリング競技者の心を動かし続けることを一人のオリエンテーリングファンとして願ってやまない。

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男子選手権(M21E)表彰式

 

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選手権を制した小牧選手、稲毛選手 ※日本オリエンテーリング協会Twitterから引用

最後に表彰式にて印象的な場面があったので書き記しておきたい。
運営責任者の近藤康満(トータス)から、前日ミドルにて山中で負傷者がいた際に、自身の競技を中断して対応にあたってくださった方々へ感謝の言葉が贈られた。オリエンテーリングの競技中は現地から意識を離さないための高い集中力が必要であり、視野が狭くなってしまったり、冷静でいられなくなってしまうことも多い。そうした状況下で自分より他人を優先する行動を取った人たちのフェアプレーを称えた。筆者には、そうした事態があったことや対応にあたってくださった方々への感謝を伝えることに決めた、運営者や近藤氏の判断も素晴らしいものに思えた。

 

11月下旬とは思えない陽気の中で全日本大会は幕を閉じた。
次の舞台ではどんな熱い勝負が、どんな新しいスターが現れるのだろうか。
変わりゆく世の中でもこのワクワクする気持ちだけは変わらずにあって欲しい。

 

 

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コース図紹介:M21E前半部分

 

 

 [Writer : TNB]